「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 1

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↑調査を担当したヤムナスカガイドの品川誠

今から4年前(2003年)の話になりますが、日本の山岳史執筆中の方から、「カナダで未踏峰の山を登った日本人の事実を確認してほしい」との依頼があり,当社のハイキングガイドでもあります、品川誠がその調査にあたりました。

以下は彼の調査した記録を紹介します。

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 その調査依頼をうけたのは今年(2003年)の6月初旬だった。現在九州の山岳史を執筆中の方からの依頼で,なんでも今から75年前にロッキーの未踏峰を登った日本人がいると伝えられており(日本山岳会記録),その事実を確かめたいということであった。

 その伝えられているところによると,
 1928年7月,熊本県出身の北田正三が日本からただ一人,カナダ山岳会主催の「カナディアン・ロッキー探検の集い」に参加。7月23日,「11,600フィート(=約3,536m)の無名峰に初登頂した。カナダ山岳会は北田正三の活躍をたたえ,登頂した無名峰に「北田」のイニシャルをとり,「Mt.Kamp」と,命名,北田正三をカナダ山岳会の名誉会員にした。

 正直な自分の気持ちは…「いかにもうさん臭そうな話だな。」と思った。1928年といえば槙有恒率いる遠征隊がアルバータ山を初登頂した3年後である。もしそれが事実だとすれば,そんな話がいままで人に知られず埋もれているほうが不思議であった。第一,3,500m以上の山なんてロッキーに幾つもない。おそらく何かの間違いであろう,とたかをくくった。とりあえず事実関係を調べるだけなら簡単だろうと思い、キャンモアのカナダ山岳会(以下ACC)オフィスへと赴いた。

 まず初めにカナディアンアルパインジャーナル(以下CAJ)の索引で"Mt.Kamp"および"Kitada"を当たってみたがそんな名前は見当たらず,受付でACCの名誉会員名簿にKitadaの名前があるかどうか調べてもらうが,そんな人物はいない,とあっさり否定されてしまった。ほらやっぱり,と思いながらも最後に1928年度のCAJを貸してもらい,ぱらぱらとページをめくってみた。するとなんと出てきたのである。"Mr.S.Kitada, of Japan"という文字が。本当にあるとは思っていなかったので非常に驚き,同時に嬉しさも感じた。
 その記事は当時ACCが行っていた恒例キャンプの報告書であった。"Camp of the Lake of the Hanging Glaciers, 1928"という記事のタイトルを見て思わず吹き出してしまった。北田氏が登ったという"Mt.Kamp"は,この毎年恒例のキャンプ(Camp)が間違って伝わったのであろうことが容易に想像できたからだ。おそらく北田氏はこのACC主催の恒例キャンプに参加したのだろう。
 それにしてもこの“懸垂氷河の湖(Lake of the Hanging Glaciers)”とは一体どこなのだろう?しかもこの記事によると北田氏はマウント・ブルースという山に登ったと書かれている。何の記述もないので未踏峰ではなかったのだろうが,少なくともその事実は確かめなくてはならない。索引で調べてみると,その“懸垂氷河の湖”はカナディアン・ロッキーではなく,パセール山脈という,ブリティッシュ・コロンビア州の南西部に位置する山域にあることがわかった。マウント・ブルースの方を調べると,コロンビアアイスフィールドの近くの,とんでもなく離れた場所にある山が出てきてしまい,探している山とは別物だということが分かっただけであった。初日から北田正三の名前を発見したことに満足しながら、この調査に魅了されていく自分が不思議だった。

つづく・・・

【関連リンク】
ヤムナスカガイド一覧
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 2

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by ymtours | 2007-05-06 08:34 | その他 | Comments(0)


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