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2007年 新人ガイドトレーニング始動!(後半)

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新人のハイキングガイド試験合格を目指して週末も強化練習を行ってきました。

先週は読図や現在地確認を中心に取り組んできました。そしてい今回はより実践的なガイディングということで、ペーシングやお客様を安全にガイドするテクニックを中心に練習しました。

d0112928_14453774.jpg実際のツアーよりも過酷な条件下で練習することによって、本番では瞬時に的確なガイディングをできる技術を身につけます。狭く滑りやすいトレールでの有効なサポート技術も重要なガイドテクニックの一つです。




d0112928_1454340.jpg特に2100m以上の高山帯には、まだ雪が多く残り、新人ガイドには苦戦を強いられました。その分、トレール上を歩く機会も増えて現場に即したガイディングも十分に練習することができました。




d0112928_15192373.jpg今回も3人の新人ガイドが交代でリードして先輩ガイドから貴重なアドバイスをもらいました。参加してくれた先輩ガイドはお疲れ様でした!(秋山裕司、石塚体一、本山直人、足立道代)




d0112928_1536171.jpg明日から2日間は、休む間もなくMPHIA(自然観察説明員)の資格を取得する為、講習会が始まります。新人ガイドの皆さんハイキングガイド目指して頑張ってください!

Purple Saxifrage(ユキノシタ科)
風が吹きすさぶ岩だなに力強く咲いていました。

【関連リンク】
「ヤムナスカガイドと歩くメリット」
「2007年 新人ガイドトレーニング始動!(前半)」

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by ymtours | 2007-05-28 14:31 | その他 | Comments(0)

Yellow Lady’s Slipper(カラフトアツモリソウ)の伝説

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カナディアンロッキーで見られる花、“Yellow Lady’s Slipper”を直訳すると「黄色い女性のスリッパ」。花の形が履物に似ているため、このような名前が付きました。この花にまつわる先住民族(インディアン)のお話しをご紹介します。

昔々、あるインディアンの酋長に娘がいました。ある日、この娘が一人で部落から離れて遊んでいると、一匹の泣いているウサギを見つけました。様子をうかがうと、足を傷つけており、家へ帰ることができないようです。可愛そうに思った娘は、これ以上足を痛めないように彼女の履いていた※モカシンをあげました。そして、日も暮れてきたので、娘は急いで部落に戻っていきました。

間もなく、モカシンをウサギにあげ、裸足になった娘の足の裏は擦り傷で血が出てきました。その後も歩き続けましたが、帰り道の途中で、あまりの痛さと疲労の為に倒れてしまいました。そしてそのまま寝てしまったのです。しばらくすると、小鳥がこの娘を見つけました。小鳥は、この娘の傷ついた足を癒してもらうよう、偉大なる聖霊にお願いをしました。

娘がふと目を覚めると、目の前の二本の細長い木の幹に、美しいモカシンが吊るされていました。彼女は、血が出ている足に、このモカシンを履いて部落に戻ることができました。

d0112928_13454542.jpgこのお話しを信じられない方へ
今度Yellow Lady’s Slipperを注意深く観察してみてください。花の中には、赤い斑点と筋の模様が確認できるでしょう。これは、あの娘がつけた血痕なのです・・・

※モカシン・・・バッファローの皮で作ったもの先住民族インディアンの履物

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by ymtours | 2007-05-27 13:44 | その他 | Comments(0)

2007年 新人ガイドトレーニング始動!(前半)

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↑現在地確認をする新人ガイド、八牧励(左)、栗原治郎(中央)、松本真貴子(右)

今年の新人ガイドは3人入り、来月に行われるカナダ山岳協会(ACMG)のハイキングガイド試験を目指して強化トレーニングが始まりました。

試験で重視される項目は以下の通りです。
・クライアントケア技術・・・お客様を安全にガイドする技術
・ペーシング技術・・・様々な状況に応じて最も適切なペースで歩く技術
・ルートファインディング・・・トレール外でも確実なルートで目的地を目指す技術
・読図とコンパス技術・・・現在地の把握、コンパスによるルート設定

トレーニングは予め地図上でルート、コースタイムを設定をして、実際にその山を歩きます。トレールのほとんどはオフトレール(コース外)を歩き、グループを連れている想定で安全に目的地を目指すトレーニングです。ロッキーの地形に慣れない新人ガイドは、少してこずる場面もありましたが、山の経験は十分にある3人ですので少しずつロッキーの山の感覚を掴みはじめてきました。

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ロッジポールパインの森に入り安全に目的地を目指します。迷いやすい地形も確実な地図の読みで対応します。





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先輩ガイドの石塚体一(写真左)を講師にガイド指導が行われました。現在地確認、ルートファインディングなど的確なアドバイスがありました。




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晴れ、雨、雪!?と様々な天気に見舞われました。急登の末、稜線上からは虹も見られ疲れは吹き飛んでしまいました。




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森の中に可憐なお花を発見!
"Venus Slipper(ヒメホテイラン)"です。
今年も全員合格を目指して、強化トレーニングはまだまだ続きます。新人ガイドの皆さん頑張ってください!




【関連リンク】
「2007年 新人ガイドトレーニング始動!(後半)」
「ハイキングガイドに必要な3つの資格」

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by ymtours | 2007-05-21 13:33 | その他 | Comments(2)

第4回ガイドインタビュー(Kaoru Iwata)

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今日のインタビューは、私、岩田薫(いわた かおる)です。と、言っても私自身がこのブログの管理者ですのでこれまでとは違うスタイルで投稿します。
ずいぶん昔の話になりますが、一度アウトドアの雑誌にインタビューされたことがあります。そこでインタビューされた記事をそのまま掲載する事にしました。
↑写真 岩田薫(中央) 妻の安紀子(右)

インタビューを受けたのは1999年の春。その時は東京にある「カラファテ」という登山用具店に勤めていました。カナダに初めて訪れたのは同じ年の9月でした・・・
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 来年の春から、カナダ、アルバータ州にあるヤムナスカ登山学校に行こうと思っています。そこで山岳ガイドの勉強をしようと思っています。
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 この学校は山岳ガイドの養成や山のツアーなどを行っているところで、3ヶ月間山の知識やガイドに必要な様々なことを勉強します。その後は、ワーキングホリデービザを使って出来るだけいたいですね。 
 ガイドという職業のことは、学生時代の頃からずっと考えていました。人を素晴らしい景色のなかに連れていってあげることが好きで、仲間で山へ行っても、どうしてもサービス精神を出してしまうんです。
※写真右 "Outdoor Equipment"という雑誌
 
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スイスやフランスと違って、カナダの山岳ガイドは国家資格ではありません。しかし、しっかりとガイド会社として確立されたカナダの登山学校を選びました。またここならば、新しいスタイルの知識と経験を得る事ができると思いました。
 日本のこともいろいろ調べましたが、全てにおいて経験が重視される日本ではまだこういったスクールはないですし、フリークライマーなどでも新しいやり方を知らずにいる人も多いんです。運よく、仲間がカナダに旅行に行った事がきっかけで日本人の方とも知り合えましたし、僕は新しいスタイルにチャレンジしたいと思ったんです。

※写真右上 落合圭太(左)は登山学校の同期生
 
d0112928_12251259.jpg 僕が山の世界に触れたのは大学の自転車部に入ってからで、それまではアウトドア的なことは何もしていませんでした。自転車部ではツーリングに行ったり、山に登ったり、レースに出たりといろいろな事をしましたが、レースのように人と競うのは自分に向かないと思いました。逆に山に登ることに、とても惹かれるようになったのです。
 卒業する時はすでに、ガイドを目指そうと思っていましたから、就職活動もとくにしませんでした。クライミングの経験が無かったにも関わらず、縁があってカラファテのスタッフで入り、1年ちょっと経ちましたが、このお店で働けたことにとても感謝しています。初めは知識の詰め込みで頭でっかちになることが心配だったのですが、夏山からフリークライミング、テレマークスキー、アイスクライミングまでここで経験したことの全てが僕にとっては勉強でした。専門店でしか得られない知識や、ここでなければ出会えなかった方達も多く、とにかくためになりましたね。
 もともと僕は、人との出会いに恵まれているんだと思います。カラファテに入れたのもそうですし、カナダの登山学校の件も、学生時代の仲間が現地にいる日本人のスタッフを紹介してくれたから実現したことです。自分のやりたいことができると、そのきっかけを与えてくれる人が自然に現れるんです。
 
d0112928_12283436.jpg 普段、山に入るときは自分から誰かを誘うことはあまりせず、ソロで登っています。その方が、自分自身を見つめていろいろなことに気付けるからです。
 僕は登山家になるつもりはありません。挑戦的なことよりも、他人を喜ばせることのほうが性にあっているんです。これからは登山やフリークライミングばかりじゃなく、カヌーや他のこともやろうと思っています。カナダに行ったとして、その先どうなるかはわかりませんし、不安はないわけではありませんが、まぁ何とかなるでしょう。開き直っているわけじゃなく、しっかり自分を見つめた上で何とかなるだろうと思っています。・・・このごろ山登りをしていないんです。北アルプスへ行きたいですね。(談)
※写真右 ロッキーで犬ぞりガイド(マッシャー)として3シーズン案内しました。

早いもので、このインタビューから8年の月日が経ちましたが、現在もハイキングガイドとして働き始めるようになった時と気持ちは変わりません。「初心忘れるべからず」をモットーに今後も少しでも多くの方にロッキーの魅力をお伝えしていきたいと思います。

【関連リンク】
ヤムナスカガイド一覧
blogカテゴリー「ガイドの素顔」

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by ymtours | 2007-05-18 12:54 | その他 | Comments(1)

第3回ガイドインタビュー(Naoto Motoyama)

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ガイドインタビューも3回目となりました。今回は本山直人(もとやま なおと)です
(写真左)。日本からチャット形式でインタビューに協力してもらいました。
=================================================
薫:
それでは、第3回ガイドインタビューを始めよう。今日のガイドは本山直人君です。
よろしくお願いします!

直人:
こちらこそよろしくお願いします。

薫:
まずは、自己紹介からどうぞ。

d0112928_740791.jpg直人:
本山 直人 1973年神奈川県横浜市 生まれ 意外にA型、、、、、、2003年にカナダに行きました。現在は、夏はヤムナスカでハイキングガイド、冬は長野でスキーパトロールで働いてます。季節労働者(笑)ですね、、、

薫:
実は今日本に居るんだよね。日本とカナダ間でインタビューをしている形になるね。最近はインターネットが普及して本当に便利になったよね。直人君はもう直ぐロッキーに戻って来るね!

直人:
そうですね、本当に便利な世の中で、私のような海外&日本の生活をしているものには非常にありがたいツールです。もうすぐカナディアン・ロッキーに行きますので、いろいろと準備などしております。今年で、この生活も2年目、移動も大変ですが、「日本とカナダの比較」が良くできると、感じるようになりました。

薫:
「日本とカナダの比較」・・・今日も何だか、面白そうな話が聞けそうだね。本題に入る前に、まずは直人君の「山との出会い」について聞かせて。

d0112928_7391964.jpg直人:
はっきりと意識し始めたのは、大学を卒業して、会社にサラリーマンとして就職し、3年くらい経ってからですかねー?長野の南アルプスとか、八ヶ岳とかにいわゆる縦走形式で、行き始めたのからですね。金曜日はもうソワソワして仕事って感じじゃなかった。、、、、しかし、その前よりも山というか、「自然とのふれあい」は、キャンプをしたり、写真と撮りに言ったりで大学時代ぐらいからありました。それと「スキー」!高校生くらいから徐々に虜になり、今でも大好きです。そもそも夏山に行き始めたのもバックカントリースキー(山スキー)がしたくて、夏山も知らないとってな感じでスタートしましたしね!幼少の頃は、特にないんですけどねー、家族からの影響も特になし、、、

薫:
直人君にとっての「山との出会い」は『スキー』が原点にあるということだね。

直人:
そうですね。で、よりいっそう技術と知識をということで、ヤムナスカの学校に入学を決めました。それが2003年の秋ですね?..

薫:
なるほど、ヤムナスカに入ってから本格的に山登りとしての経験を身につけていったということなんだ。色々な事を学んだと思うけど、学校での経験はどうだった?

直人:d0112928_7414143.jpg
素晴らしいものでした。ご存知の通り、約3ヶ月を主にフィールドでの実習を中心に技術と知識を取得していきますが、学べることはもちろんのこと、素晴らしい世界中の人達との出会いも素敵な経験でした。私の取得した時で、約15名8カ国の山好きがいましたので、約3ヶ月をその人達と生活まで共にするのですから、非常に貴重な経験と言えます。

薫:
そうそう、私も経験があるけど、毎日山の事が考えられた3ヶ月でとても幸せだった思い出があるなあ。直人君の場合、特に「山スキー」についても学んだ事が多かったと思うけど。

直人:d0112928_743862.jpg
そうですね、特に氷河スキー!これは日本にないですし、あの広大な一枚バーンはすごいですね!なかなか表現できませんが、これは、、、、、あまりにもかっとび過ぎて、担当のガイドから、飛ばし過ぎだって注意されたくらい(笑)。そのときに本当に広大なカナディアンロッキーを痛感しました。3000m級の山でもスキーで登頂できるものもありましたし、そこからの眺めは、もう山山山山山が連なる絶景でした。もちろん、カナダは雪崩は最先端に近い技術とフィールドがありますので勉強になりました。

薫:
直人君にとって「スキー」もアウトドア活動に大きな割合を占めているんだね。それでは、どうして「ハイキング」のガイドになろうと思ったの?

直人:
そうですね、現在でもスキーは大好きなアウトドアアクティビティの一つです、最近テレマークスキーも始めました。ハイキングガイドは、学校が終わった頃、ヤムナスカの方からお誘いもあり、ぜひやりたいと思いました。まず、「人と交わる仕事」であるということ。これは私にとって大前提であります。サラリーマン時代も営業をしておりましたし、ご存知の通り、技術職的なタイプではないので、、、、、(笑)。もちろん、ガイドというものは最低限の技術は必要ですが、自分が来て、素晴らしいと思ったカナディアンロッキーで、お客様を案内できるっていうのは、非常にやりがいを感じましたね。

薫:
私も直人君と一緒にガイドの仕事をした事があるけど、「人との接し方」がとても上手いと思ったよ。"直ぐ"に"人"と打ち解けられる術(すべ)を知っているというか・・・(だから「直人」(笑))ガイディングの中でとても大切な要素の一つだよね。実際にハイキングガイドになってどうだった?

直人:
d0112928_7453275.jpgありがとうございます。以前、薫さんとも話をしたことがありますが、ガイドが楽しんでいないとお客様が楽しめるはずがない!と思っています。ここでこんなこと言うと信じてもらえないかもしれませんが、僕自身、本当に楽しんでます。たまにすごい風景や瞬間に出会うと絶叫しちゃうこともありますが、かなり素の状態です(笑)。そんな風に仕事をできるのが、非常に幸せを感じますね。営業職にも似ている部分もありますが、実際にハイキングガイドになって、自分のキャラクターを出して許される割合が仕事として、非常に大きいというのを感じます。ルールはありますし、最低限やらないきゃいけないこともある。しかし、しゃべり方が決められているわけでもないし、説明方法が決められているわけでもない。僕の中では、見た目は全然違いますが、前職の営業職の延長線上というか、同じタイプの仕事って感じは強いですね。個性を出しやすいし、よくいうと自分がやっているという意味が非常に強い。 
※ちなみに直人ってのは、両親より『素直なひとになるように』ってことで命名されているようです、なんとかまっとうしないと、、、、、、(笑)

薫:
なるほどね。つくづく思うけど、「ヤムナスカガイド」って、本当に色々な個性を持っている人達だと思うな。そして、そのそれぞれの個性を上手く生かしてガイディングをしている。例えば同じハイキングコースを案内されてもきっとガイドによってお客様に与える感動って違うと思うな。そこが「ヤムナスカガイド」の良い所じゃないのかな。


直人:
そうですね。この話しは本当に面白いですよね。

薫:
話しは、変わって先ほどの「日本とカナダの比較」に触れていくね。日本とカナダ(ロッキー)の魅力の違いってどう思う?

直人:
長くなりますよー(笑)。まず初めに、先ほどちょっとあげた日本との違いっていうのが、僕は最近強く感じることですね。初めてロッキーに来た時は、ただ単純にすげー、ダイナミック!ワイルド!って思いましたが、ここ2年日本に秋から春だけですが帰ってきて、本当にいろいろと感じています。逆に日本の魅力さえもですね。

日本は小さな島国に何千年も人が住んでいました、カナディアンロッキーはわずかな人口の先住民族が住んでいた程度でした、、、
これを前提にまず「日本」から、日本には農耕を中心とした「人間と自然との共存」の文化っていうのが、根付いていました。さらに海に囲まれた島国で、雨量の多さがもたらす湿気、これによって、水を大量に必要とする米を作るということが可能になったし、木の種類の豊富さ、さらに砂防というような考えかたも国土の70%が森林で山が多いということから、生まれたんだと思います。また田園に水を引くのも川に一気に水が流れていかないような仕組みつくりの一環で行われたものだと思います。このようなことが、長い年月をかけて構築されていきました。言い換えると、人間自体が、生態系の中の一部として存在していたと思うのです。今もそうでなければいけないと思うのですが、実際に今は崩れかかってきているので心配です。単純に「歴史と文化がある国、日本」=「だからお米食う民族なんだ」って強く思いますよね。
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一方、「カナディアンロッキー」は、日本に比べると人間との関わりはとても少なく、本当にワイルドな自然が残っていると思います。少しでもバランスが崩れていくと、それが如実に表面に現れてくる。氷河が溶けているのが見られたり、一つの種類の動物の数が減るとその影響が連鎖的に生態系に影響を与えたり、山火事も実は生態系的には必要なものなど肌で実感できる事が多くあります。

つまり、日本では人間が自然に手を加えている部分が多いので、直接的に感じられないことが、カナディアンロッキーでは、より強く感じられるっていうのは、大きな魅力ですね。
はっきり言って文章だけで伝えようと思えば、本が書けちゃうくらいですよ。日本とカナダは全く対称的というか、(人口、面積、etc・・・)、、、、、

そこがすごく面白い部分ですね。実際、僕もカナダに身を置けば置くほど、自分は「歴史と文化のある国、日本人」なんだっても強く思います。逆にカナダは国立公園のシステムとか、人間が後から入ってきたからこそできる。現代らしい管理システムが構築されている事は、日本に比べるとすごいと思います。本当に口で表現するには、難しいですが、こんなところですかね。

薫:
日本の場合は、国土が狭い分、長い歴史のあいだで、自然と上手に付き合ってそれを維持してきた。そしてカナダでは国土が広く、人間が住み着いた人口が少なかったのでそのままの自然が残っているということがですね。日本とカナダの自然にはそれぞれの魅力がありそうだね。とても興味深い見解だよ。

直人:
そろそろ最後の質問に入るね。今後やってみたい事や目標などあったら教えて。

直人:d0112928_7465754.jpg
今年は、資格にチャレンジできませんでしたが、来年はしたいですねー。ガイド業の中では、やはり自分が今、感じている、「日本との比較」というものを常に織り込んで、ガイディングしていきたいですねー。それをどう感じるかはお客様次第ですが、あと、シンプルに自分がカナディアンロッキーで感じることを伝えていければいいですからね。そして、将来的には、日本には無いものをカナディアンロッキーで経験し、どんな形でもそれを将来的に何か、日本に貢献できたら素敵だなーって思います。文明と進化が進む世の中で、今後、必ず自然と人間(人間も自然の一部ですが)の共存、調和っていうものは無視できない環境がより強くなっていくと思います。日本とカナダは違いますが、ワイルドな手付かずの自然があるカナディアンロッキーの自然の中で、より経験を積みそれを形にしていければ最高ですね。

薫:
次の資格は「バックパッキングガイド」だね。来年はぜひ頑張って合格してね!ガイディングも益々厚みが出てきそうだね。楽しみにしてるよ!

※直人君は他にもギターの趣味もあり、時々山のロッジで披露してくれます。そんなお話もお伝えしたかったのですが、今日はこの辺でインタビューを終わりにしたいと思います。
今日はインタビューのご協力ありがとうございました!

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by ymtours | 2007-05-13 15:11 | その他 | Comments(2)

カナディアンロッキー日帰りハイキング <5/10、2007>

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Mt.ヤムナスカ(2240m)

日帰りハイキングツアーへご参加いただきました!

この時期のハイキングコンディションに適したコース「ヤムナスカショルダー」へ。
今回のメンバーは参加された1名様とガイド(岩田薫)でしたが、新人のガイド(栗原治朗、八牧励)も同行させていただきました。

バンフの宿泊先で待合わせして、専用車で登山口へ移動。さいさき良く、途中にビックホーンシープの群れと遭遇してゆっくり観察しました。登山口に近づくに連れて、一際目立つ山「Mt.ヤムナスカ(2240m)」が眼前に飛び込んできました。この山はカルガリーからカナディアンロッキーに入ってくると一番最初に目にする独立峰の山として知られています。

d0112928_9272482.jpg今日は途中残雪も予想されるので、まずはショルダーを目的地として、コンディションをみながら目的地を先へ延ばす計画にしました。出発してすぐに、この時期の代表花「クロッカス」が咲いていて、思わず美しいお花に見とれてしまいました。



d0112928_9323035.jpg足取りはとても良く、順調に第一展望スポットに到着。ここは、ロッキーの入り口に位置する所なので、雄大な山々と平原地帯が同時に見渡せます。今日は天気も良く、心地よい風を受けながら休憩しました。
さらに進み、茂みの方から低音で鳴くものに気付きました。この音の正体を知らない人は、大型動物のいびきと勘違いさせられます。しかし、この正体は"Blue Grouse(ブルーグラウス)"でライチョウのように丸い形をしており、お腹を膨らまして警戒音を出していたのです。遠くで静かに観察していると、尾を大きく開いてゆっくりと逃げて行きました。

目的地のヤムナスカショルダーへは昼前に到着。ここはヤムナスカの裏側を見られ、北斜面ということもあって間近に雪が付いた山々を望むことができました。

d0112928_9402180.jpg時間も体力も十分にあると判断してさらに先を目指す事にしました。途中、残雪もありストックで上手くバランスを取りながら順調に高度を上げていきました。13:00頃に最終目的地に到着。2040m付近のヤムナスカの稜線上からは、パノラマの大絶景を望みながらランチをゆっくりとりました。

ランチを食べているとリスも現れて可愛いポーズを見せてくれました。
ここは地図の表紙にもなっている所で同じようなアングルで写真を撮りました。素晴らしい景色を見ながら癒されていた様子が大変印象的でした。

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下山は、トレール上に鹿が現れてしばらく停滞するハプニングもあり、今日は多くの野生動物も見られた1日でした。アスペンの木々も行きよりも新芽が大きくなって緑が色鮮やかに感じられました。



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この度は当社のツアーに参加いただき誠に有難うございました。次回はさらにステップアップしてロッジやキャンプ滞在ツアーに参加されてみてはいかがでしょうか?またお会いできる日を楽しみにしております。


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by ymtours | 2007-05-11 06:06 | カナダの山旅 | Comments(0)

第2回ガイドインタビュー(Taichi Ishizuka)

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ガイドインタビュー第2回を行いました。今回は石塚体一(いしづか たいち)です。
カナディアンロッキーの魅力やガイディングなどについて語ってもらいましょう。
=================================================
登場人物
石塚体一・・・体一  岩田薫・・・薫 以下より省略

薫:
ではインタビュー始めようか。よろしくお願いします!
それでは、まず自己紹介からどうぞ。

体一:
はい。よろしくお願いします。
2004年の夏からヤムナスカでガイドとして働いています。今年で3年目です。
カナダに来る前は日本で8年ほどゲームディレクターとして働いていました。

薫:
日本はどこの出身?

体一:
生まれは千葉県銚子市です。ご存知の方も多いと思いますが、銚子市は太平洋に面した海の町でして、山らしい山なんてまったくないんですよね。

薫:
そうだよね。それがどうして、今のハイキングガイドまでに至ったかとても興味があるなあ。山との出会いはいつ?

d0112928_14554634.jpg体一:
22歳の時に3ヶ月かけてアメリカを横断する一人旅をしたのですが、その時に立ち寄ったヨセミテやザイオン、グランドキャニオンなどの国立公園での経験が大きいと思います。英語でWILDERNESSと呼ばれる手つかずの大自然に触れたのはあれが初めての経験でした。

薫:
なるほど、それまではほとんど山に触れる機会がなかったということなんだね。それは、かなりのインパクトだったんだろうね。

体一:
そうですね。なにせ初めて山菜の天ぷらを食べた記憶は成人してからですから...

薫:
ははははっ(笑)それも衝撃的な出来事だったろうね・・・(笑)

体一:
そうですね(笑)海育ちだったからこそ、あまり知ることのなかった山の魅力に取り付かれたのかもしれません。

薫:
つまり、普段の生活に無いものへの憧れということかな?
それにしても、どうして今の仕事をするまでに至ったの?

d0112928_157642.jpg体一:
とにかくアメリカの国立公園は衝撃的で、それから本格的に山歩きを始めました。僕の周囲には山をやる人間はまったくいなかったので、一人山行が多かったんですけどね・・・
僕は19歳からゲーム業界で企画者として働いていました。そもそもなんでゲーム業界を選んだかと言うと、自分なりに人に伝えたい「メッセージ」があり、それを実現したかったからなんですね。しかし、現実的にゲーム業界でそれを実現することは難しく、自分の将来について悩んでいた時期に作家でアウトドアライターの「加藤則芳」さんに出会いました。彼との出会いとアメリカ、カリフォルニアのジョンミューアトレイルを歩いた経験が今の世界に入った一番大きなきっかけです。この経験を通して自分の「メッセージ」を人に伝えるあり方を改めることになりました。

薫:
なるほど。自然を通して自分の「メッセージ」を伝えようと方向転換したんだ。体一君にとってアメリカでのバックパッキングがさらに大きな影響を与えたようだね。

体一:
そうですね。すごい良い経験になりましたね。

薫:
この「メッセージ」は、状況によっていろいろあると思うけど、特にハイキングガイドの仕事をしている時はどのようなメッセージを伝えているの?

d0112928_1501422.jpg体一:
自然の楽しみ方というのも人それぞれだとは思いますが、僕が伝えたいメッセージは『自然との自然なふれあい』です。自然のままの姿で残る森や花、野生動物たちの世界に足を踏み入れ、人間も自然の一部であると感じてもらえることができたら一番嬉しいですね。
僕は自然というのは人間の社会に必要なものだと思っています。その自然の魅力を多くの人に知ってもらい、それらを次の世代に良いあり方で残していけるように努力したいと思っています。

薫:
本来、人間の祖先も自然の中で今の野生動物のように生活していたからね。あまり自然と接する事のない現代の人間の根底にも、潜在的に自然を享受できると思うな・・・同感だよ。

薫:
ところで、アメリカで自然のスケールを知って、なぜ最終的にカナディアンロッキーでやっていこうと思ったの?

体一:
やはり北米の自然はワイルドですからね。アメリカとカナダの自然はとても似ている部分が多いとは思いますが、カナダのほうがよりワイルドな印象があったんですよね。グリズリーなどの危険な生き物が多いというのも魅かれた理由ですかね(笑)。

薫:
そうだよね(笑)。確かにここは、町から一歩出ると野生動物の領域だしね。

体一:
そうですね。人間も野生動物もお互いに上手く共存している所だと思います。

薫:
話は変わって、体一君にとってのハイキングガイドの魅力は?

d0112928_15175636.jpg体一:
そうですね。毎日のように山を歩くことで、自然の小さな変化を感じられることでしょいか。ああ、植物はこのように変化していくんだな、とか新しい発見が毎日あるんですよね。それにお客様もいろいろな山の経験があって、そういった人たちの接するのも楽しいですね。お客様に教えられることも多いですよ。

薫:
私もお客様から学ぶ事もあるよ。普段見慣れてしまっている為に、気付かなかったり、面白い見方をして新たな発見につながる事も多いなあ。

薫:
ところで、山以外に体一君は趣味がいろいろあるって事だけど・・・

体一:
趣味ですか...そうですね。アウトドアスポーツだったらフライフィッシングが好きですね。スキーも去年始めました。今シーズンは、スキー場だけでも50回以上は行きましたよ。あとは..改めて聞かれると僕の趣味はなんなんでしょうね...

薫:
芸術的なセンスも周りからの評価は高いよね。デザインの仕事はゲーム業界に居る頃からやっていたの?今回、バンフのタウンマップの作成に一役かったそうだね。

d0112928_15131111.jpg体一:
ゲーム業界の時はデザインの仕事はやっていませんでした。その分野はちゃんとしたデザイナーの方がいましたからね。ただ、各デザイナーに自分のイメージを伝えたりする上でデザインソフトを使っていろいろなイメージを作ったりはしていました。今回バンフの日本語マップをデザインしましたが、この仕事もゲーム業界時代に使っていたイラストレーターというソフトで行いました。

薫:
仕事としての経験は無いのにとても素晴らしい出来だよね!今、注目のタウンマップといってもいいんじゃない?どこで手に入りますか?

体一:
ありがとうございます。地図はバンフのホテルやお土産屋さんに置いてあります。カルガリー空港のインフォメーションセンターにもあるはずですよ。無料ですのでお気軽にどうぞ。

薫:
今後チャレンジしてみたい事はあるかな?

体一:
ハイキングガイドになった目的の一つは、バックパッキングやハイキングを通して大自然の中を歩くことの魅力を伝える本を作ることなのですが、その第一弾としてカナディアンロッキーのハイキングガイドブックを計画しています。

薫:
それは楽しみだね!第一回のインタビューにもあったけど、裕司君と今企画中なんだよね?

体一:
そうですね。発売は未定ですが、現在急ピッチで進めていますのでご期待ください。

薫:
あと、来月にはカナダ山岳協会のバックパッキングガイドの試験も控えているそうですね。ぜひ頑張ってください!

体一:
ありがとうございます。まだ早いかなとは思ったのですが、挑戦してみようと思いまして。がんばります。

薫:
最後にカナディアンロッキーに山旅を計画中の皆さんへメッセージをお願いします。

体一:
たくさんの野生動物、高山植物、氷河、3000mクラスの山々が連なる絶景など、カナディアンロッキーのワイルドな自然を是非体験してみてください。他の国では味わえない素晴らしい山旅が待っていますよ。

薫:
今日はどうもありがとう!今後のさらなる活躍を期待します!

体一:
ありがとうございました。

【関連リンク】
「ヤムナスカ写真部」に体一君の写真掲載中(写真の腕もかなりのもの・・・)

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by ymtours | 2007-05-10 15:20 | その他 | Comments(2)

「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」 最終話

ハイキング旅行から帰った後,ふたたびACC(カナダ山岳会)へと赴き,初期のCAJ(カナディアンアルパインジャーナル)を借りて片端からめくっていった。

d0112928_3444239.jpg この山域が記録の上で最初に現れるのはCAJ3号(1911年)である。これは著名な生理学者であり極地探検家であったDr.T.G.ロングスタッフが,ACCの創設者であるA.O.ウィーラーらと共にパセール山脈の踏査を行った記録である。バガブーリバーからバガブーパスを越えてハウザークリークを下り,現在のクートネイレイクに抜けている。今日,困難なアルパインルートを数多く有することで世界的に有名になったバガブーはこのとき初めて発見されたといってもいい。ただし高峰および氷河登山に関心が高かったその当時にあっては,それ以後バガブーよりも標高が高いパセール山脈南部の山々に目が向けられることになった。
1914年
パセール山脈の最高峰であるマウント・ファーナムがA.H.マッカーシーらによって初登頂される。
1915年-1916年
W.E.ストーンらによってホースシーフクリークおよびトビークリーク流域の踏査および主要な山の登頂が行われた。

 この1916年のW.E.ストーン氏の記録の最後に添付された地図を見たとき,全ての疑問が氷解した。その地図にはマウント・ブルースという名前がはっきりと記されていた。それは現在,アイブロウ・ピークと呼ばれている山であった。
 「昨今,山の名前が変わることは悲しい哉そう珍しいことではない」,と前述のロングスタッフ氏がその記録の中で述べている。さらにアイブロウ・ピークの名前を付けたのが彼とA.O.ウィーラーなのである。彼らはその名前を暫定的なもの,と断り書きをしており,マウント・ブルースという名前に変えられたとしてもちっとも不思議はない。ただ,その後何らかの理由で旧名のアイブロウ・ピークに戻されたのであろう。

d0112928_453615.jpg ところで,これらの記録を読み進めていくうちに,意外な人物の名前を発見した。それは1913年にカナディアン・ロッキーの最高峰「マウント・ロブソン」(写真右)を初登頂し,一躍カナダで最も有名なガイドになったオーストリア人ガイドの『コンラッド・ケイン(1883 - 1934)』である。彼が北米山岳史に名を残した大きな理由は,この当時,スイス人ガイドの多くがカナダ大陸横断鉄道の経営するホテルに泊まり,その宿泊客を連れて何度も同じコースばかり登る“ミルク・ラン(牛乳配達)”を好んだのに対し,ケインは困難でも未だ誰も足を踏み入れたことのない山域に行くことを好んだからである。それはロブソン登頂以降,彼の常雇い主となったA.H.マッカーシーの優れた能力に負うところも大きく,彼らのコンビが数々の名ルートを作り出したといっても過言ではない。

d0112928_3493559.jpg  驚いたことに,1909年にカナダにやってきたばかりのコンラッド・ケインは,上記のパセールに関わる記録全てにガイドとして付き添っているのである。彼の他の有名な業績にバガブースパイアーおよびマウント・ルイスの初登頂があるが,それが行われたのが1916年,まさに彼の黄金期を貫くようにしてこの一連のパセール山脈の遠征が行われている。彼はパセール山脈が好きだったらしく,1917年にふもとのコロンビアバレーに農場を買い,その後何度もパセールに通っている。そして今もなお,山麓の町クランブルックに眠り続けているのである。
 また,コンラッド・ケインは1928年のACCキャンプに参加した,と彼の追悼文に記されている。北田氏はおそらくコンラッド・ケインの姿を見たことであろう。アイブロウ・ピークは1915年に彼によって初登頂されているので,登頂前に彼から情報を得ていたかもしれない。

 単身日本からやってきて,並み居る外国人に混じり,日本にはない氷河を持つ山に登ることは当時としては並大抵のことではなかったであろう。初登頂ではなかったが見事,約3,300mの山の登頂を果たした北田正三氏に敬意を称したい。氏は昭和33年7月22日,熊本県山岳連盟会長を務められていた時,阿蘇高岳鷲ヶ峰で滑落死されたそうである。氏のご冥福をお祈りいたします。

2003年9月18日
品川誠

【関連リンク】
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 1
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 2
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 3
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 4

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by ymtours | 2007-05-10 04:09 | その他 | Comments(3)

「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 4

出発してから3時間ほどで目的地に着いてしまった。持ってきたガイドブックには,ここから左岸尾根沿いに登ると2時間ほどでグレーシャードームという山の頂上に立てる,と書かれていたので,少し早い昼食を取った後,軽い気持ちで登り始める。ところがこの先には道が付いていなかった。遠めに見た分にはどこでも登れそうに見えたカラマツの茂る斜面は,実際には急崖が多く,登る場所を見つけるのに苦労した。

 ようやく尾根上に出ると,そこはもう瓦礫のような岩に埋め尽くされた無機の世界だった。足元の岩には氷河削痕がはっきり残されている。いま歩いている場所もおそらくつい最近まで氷河の下にあったのであろう。氷河の上を渡ってくる冷たい風にさらされながら上を目指す。
d0112928_3172932.jpg

 2時間ほど歩くと,ケルンの立った小さな丘の上にたどり着いた。青い氷をむき出しにした氷河は,もう手を伸ばせば届く距離にあった。氷河の末端から崩れた白い氷の塊をいくつも浮かべる湖を上から眺めながら75年前の昔に思いを馳せた。1928年当時,この景色は一体どんな風だったろう,おそらく現在より2,3回り大きな氷河が湖に向かってせり出し,今よりもさらに迫力ある景観を作っていたに違いない。

 見えることを期待していたスターバード氷河とその上の“眉毛山(アイブロウ・ピーク)”は,今いる場所よりさらに高い岩尾根に阻まれて見ることが出来なかった。残念だがまたの機会とすることにする。
d0112928_2335632.jpg
※1920年頃の写真 / 右のピークがアイブロウ・ピーク(3368m)

 下山しながら私は,この山域の過去の記録を調べてみよう,と考えていた。バガブーといい,この“懸垂氷河の湖”といい,パセール山脈は自分が想像した以上に氷河に厚く覆われ,景観がすばらしく,魅力的に映った。なにより人臭くなく,原始性を色濃く残していることに心惹かれた。

つづく、次回最終話

【関連リンク】
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 1
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 2
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 3

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by ymtours | 2007-05-09 03:19 | その他 | Comments(0)

「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 3

d0112928_754918.jpg
 2日間のバガブー周辺ハイキングを終えた後,必死に口説いた甲斐あって,いよいよ"Lake of the Hanging Glaciers"「懸垂氷河の湖」を目指すことになった。ラジウムホットスプリングスの町から延々と50kmも続くダート(未舗装路)をひた走る。朝の8時に登山口に着くと,まだ時間が早いせいか他には一台の車も見られなかった。

写真「バガブー州立公園と筆者」


  トレールは最初,白濁した氷河の溶け水を流すホースシーフ川の河川敷についているが,滝を巻くために途中で大きく森の中を迂回する。二箇所ほどある渡渉は,しっかりした橋が架かっていてまったく問題ない。二番目の橋を渡って河川沿いの道に戻ると,広い河原越しに氷河で覆われた白い頂,マウント・モニカを望むことが出来た。

 やがて道は平坦な川沿いを離れ,スイッチバック(つづら登り)でひたすら標高をかせぐ道へと変わる。湖から流れ出る渓流に沿って道が付いており,しかも樹林の中なので,夏の盛りでも暑さをあまり感じない。

 途中オーストリアから来たという二人組の女の子達が猛烈な勢いで我々を追い抜いていった。平日であるにも関わらず,こんな辺鄙な場所に自分たち以外にも人が(しかも外国から)来ているなんて驚きだった。その後にも3パーティー10人ほどの人に途中で出会った。自分たちが知らなかっただけで,意外と人気のあるトレールらしい。どおりで道がよく整備されているわけである。

 一時間ほど登ると,ようやく傾斜が緩くなった。辺りの木々はすでに低く,森林限界に近づいたことを知る。間もなく視界が開け,夏の高山植物が咲き誇る広いメドウ(樹木限界線近くの草原)に出た。どこからか笛の音のようなマーモットの泣き声が聞こえてくる。正面には幅が広く傾斜の緩い滝が見えており,そのすぐ上が目指す"Lake of the Hanging Glaciers"「懸垂氷河の湖」だった。それはその名に恥じない美しい湖であった。
d0112928_7104246.jpg

【"Lake of the Hanging Glaciers" photo by Makoto Shinagawa】

 氷河の融け水を集めた湖は,淡い緑色の水をたたえ,静かに我々の目の前に広がっていた。はるか彼方に見える湖の対岸は絶壁となってそそり立ち,その上に広がる巨大な氷原から押し出された分厚い舌端状氷河が湖に向かって垂れ下がっている。そして時折,静寂を破ってゴゴゴゴーッという氷河の崩れる音が対岸から響き,辺りにこだました。

つづく・・・

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「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 1
「未踏峰を登頂した日本人の軌跡を訪ねて」Part 2

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by ymtours | 2007-05-08 07:28 | その他 | Comments(0)